川島なお美といえば、大して演技力もなくややオバカな、何が本業か分からないという印象があります。
多くの人はそうなのではないかと。
この人は名古屋出身なのですが実は中村高校という(当時は)かなり頭のいい学校を出ております。
そしてその頃早くも見出されて「女子大生タレント」として花のトーキョーに行くわけなのですが・・・。
大学が青山学院大学の「夜間」だったことが知れ渡り、「夜間のくせに青学を名乗るな」と叩かれておりました。
女子大生タレントから女優を目指したけれど、これといった代表作もあったわけではなく、代表作と言われる「失楽園」も黒木瞳版の方が数十倍も有名だから、今回の報道で「エッ川島なお美も失楽園やってたの」と初めて知った人も多いぐらいです。
・・・とアンチ川島なお美のようなことを並べてしまいましたが・・・
時系列で追ってみると
2014年11月 胆管に悪性腫瘍が見つかる 恐らくこの時点でほぼ死の宣告に近いことを言われたに違いない
2015年01月 手術 ほぼ手遅れ 寛解(とにもかくにも癌を取り切った状態)にはならず、近い将来の死が確定された
2015年03月 ブログに自叙伝というカテゴリーの記事が開始され、「1987年」など年代ごとに思い出がまとめられ始める。
2015年09月 普通に記者会見し普通に舞台(ミュージカル)に出演。5役を演じ多い時は1日に2時間公演×2回の激務
2015年09月17日 その舞台を降板 意識混濁
2015年09月24日 死去 舞台降板から1週間
彼女の本当の女優人生は最後の1年間、もっと言えば最後の2週間に凝縮されるのではないかと。

予め言い渡された死に対し人はどのような行動を取ろうとするのか、またどのような行動が取れるものなのか、私たちは芸能人を通してそのいくつかのシナリオパターンを見ることができる。
川島なお美は、これといった業績もない女優?だかなんだか分からない人でした。
だけど!最後の最後に見せた「何と言われようとアタシは女優なの!!!」という命の叫びは確実に世の中に届いた。
抗がん剤も一切使わず(肌と髪を守るため)全て舞台に立つためだけに残された日々を生きた。
マスコミ各社はこぞって「あっぱれ女優魂!」と書いている。生前一度も褒めたことのない人まで彼女の演技を褒めちぎる。
彼女は自分の人生という舞台で川島なお美という役柄を演じきった大女優として、永久に記憶に留められるだろう。
本当に立派だった。胸が苦しくなるような、彼女の最後の最後のお別れの舞台。よかったね川島なお美さん!


一応、対極として、今井雅之を挙げたい。
自衛隊上がりでパワフルさや筋肉美、豪傑豪快など「男っぽさ」「男らしさ」、特に「日本男児」を売りにしていた人。
わざわざふんどし一丁の写真を撮ったりね!
2014年   体調不良で検査 手術
2015年04月 記者会見 末期がんを告白
2015年05月28日 死去

川島なお美とはまた違う、今井雅之の姿。
「もう声も出ない、今の声が精いっぱい。いっそのこと殺してほしい、こんな痛みと闘うのはつらい」と涙を流し、死を目前にした苦しみや恐怖、無念さを隠すことなく晒した今井雅之。見る側も彼の「どうしようもない死」を確信した。
一方、夫にエスコートされ、骨と皮の姿になりながらも美しいドレス姿でグラスを片手に「ゆっくり復帰しますのでお待ちくださいね」と優雅に語った川島なお美。どう見ても厳しいと思いながらももしかしたらと一縷の希望を持ってしまうかも知れない、あの姿。

今井雅之もやはり立派な俳優だったと思う。自分のみっともない姿、末期がんの痛みや死の恐怖に泣く姿をあのように見せた俳優は私の記憶の中にはいない。ありとあらゆる手を尽くし、良いと言われる方法は全て試し、「まだ死にたくない!」「医者のバカヤロー」と泣きわめきながら生きることに執着し続けた今井雅之の最後の日々。
紛れもない真実の中から絞り出された叫びを、俳優がプロの表現力で語るのだ、自分自身の心を台本として。心揺り動かされない人などいないだろう。
今井雅之もすごかったと思う。さすが俳優、さすが脚本家、さすが舞台演出家、である。

川島なお美の壮絶記者会見から死去までのちょうど中間のタイミングで、元女子プロレスラーである北斗晶の乳がん発覚ー入院ー手術が報じられた。北斗晶は同じく元プロレスラー格闘技家の佐々木健介と結婚して今は二児の母でもある。
北斗ファミリーと呼ばれ、「明るく元気で笑顔の絶えない家族」の象徴としてさまざまなCMにも登場している。
北斗晶は「男まさりで口が悪く、旦那を尻に敷くかかあ天下の鬼嫁」として描かれ、旦那の佐々木健介は「豪快な技で相手を倒す格闘技家だったけど家では北斗晶にやられっぱなしのペコペコパパ」という180度ギャップを売りにしている。

ワイン好きでパティシエと遅い結婚したおしゃれ女優
元自衛隊でサバイバリーなライフで知られた日本男児俳優

などではなく

もっと身近な どこにでもいそうな

とーちゃんとかーちゃんと悪ガキ二人のおもしろおかしくはちゃめちゃながらも幸せな一家

そこに降りかかったかーちゃんの癌

というシーンなのだからおしゃれ女優にも日本男児俳優にも「フーン」としか思わなかった人たちが
今度という今度は「エー!」(なんだかヤバイ)とびっくりしているのだった。


彼らは芸能人だから聞かれるがままに(仮にウソの内容であろうと)一生懸命に答える(ふりをしていることもあるが)
そして経過を報告し、時には検査結果のレントゲンまで見せ、手術日を明らかにし手術前に「がんばります」と笑顔でコメントし、術後の姿を病院からブログにアップし、今日食べたもの、リハビリ状態、誰それがお見舞いに来てくれたなどと教えてくれる。
例えそれが作られた風景であろうと、私たちはそれを見ながら「癌との戦い方」(?)などを仮体験したりする。

北斗晶の状況は全く予断を許さない。

右胸全摘+転移していた右腕(脇)リンパまで摘出とは、率直に言って「手術が遅すぎた!」という印象です。
むろんしないよりはした方が全然いいに決まっているが、それでも予後の不安は残る。
そんな中で彼女はブログにこう書き続ける。


これを見た人が一人でもがん検診を受けてくれたら!!
乳がんの検診に行ってください!!


そしてこうも書いている。
毎日毎日感謝、ただただありがとう、と。


ここに3つの姿を見ることができる。一般の普通の人たちはこんな姿を見せてはくれない。
時には家族にすら隠すような本当の気持ちや不安を芸能人たちは「売って」くれるのだ。
芸能人は自分を売り家族を売り心を売り体を売り、愛と希望と絶望と夢と、私生活を売って生きている。
凄い職業だなあとつくづく思う。

タイトルでは最初なのに記事的には最後になりました、「突然の死」について。
これは、とどのつまり「本人ではなく家族や友人など身近な人たちの問題』になっていくと思う。
本人は(原因が何であれ)もうこの世にはいなくて、何もしてあげられることがない。
本人がいない(既に死んでいる)ということが大前提で始まる「唐突なる喪失」をどう埋めていくか?が「突然の死」を取り巻く問題なのだと思う。

じゃあ「突然の死を取り巻く問題」ってなんだ?と言えば
経済的な問題 社会的な問題 物理的な問題 心情的な問題 この4つに凝縮されると思う。

突然働き手を失った場合 経済的な問題に直面する。
働き手でなくても、家計をとりまとめていた人がなくなると一時的に大混乱になる。
働いていた人は部署で担当業務が放置されることになり顧客の業務まで止まってしまったり大損害が出たり
仕方がないこととはいえ、「死んだのはかわいそうだったね、でも後任決めて早くなんとかしてよ」と取引先は叫ぶ。
世帯主だった場合、また何らかの役目(社会保険の基軸者、住宅ローンの借主、小さなことでは会合の当番など)を持っていた場合、その機能が突然失われるので、関わっていた場面や組織までが機能をストップすることもある。これが社会的問題。
次に、保有していた車や借りていた部屋、私物はどうするのか、という問題も出てくる。

ここまで書いたものについては、「迫りくる死」や「予め言い渡された死」の場合、それとなく準備が進んでいることが多い。
高齢化社会でかつ核家族化が極限まで進んでいる現代の日本では、こういう「まさかの時の備え」を中高年に強く推進する動きがあります。当然のことだと思うし、それに応える形で民間の業者も多く存在するし、個人も遺言やメモなどで残された家族が困らないように段取りをしたり、そういうことがタブーではない時代です。

話は戻りますが 心情的な問題。唐突な喪失感。喪失感ならまだしも、現実として受け入れることが難しい、非現実感。
心の準備をしていても悲しみと喪失感は避けられないものを心の準備も何もなく、今日と同じ明日がこないという「降ってわいたような災難」に冷静に対応できる人はいないだろう。

自分が残された側だったらどうしよう 凄く困る!残されたら生きていけない!と思う一方で
自分が先立つ側だったらどうしよう 家族はどんなに困るか どんなに悲しむか とも思う。


突然の死、迫りくる死、予め言い渡された死 と分けて書いたけれど、「予め言い渡された死」は少しだけ間の長い「突然の死」に過ぎないのかもしれない。だって言い渡される本人からしてみたら、「突然の死」に近い衝撃を本人は受けるに違いないから。
また「迫りくる死」は「大丈夫かもしれないけどダメかもしれない」という不確定要素を「生死」という究極の部分に投げつけられた状態なので本人の不安な心情を考えると想像しただけでも胸が苦しい。

人の生死は不思議だ、人は皆これといって意思もなく何となくワケの分からないうちに生まれ出てくる。
知らないうちに大きくなって、だんだん「自分」になっていく。このあたりのプロセスは「気づいたらこうなってた」という感じですよね。やがて自分の意志を持ち、自分の意志で行動し、時には自分の意志で他人を動かすようになる。
でも最後はやっぱり、これといって意思もなく何となくワケの分からないうちに死んでくものなのだなあと思った。

死にたくなくても死はやってくる。
ある意味、生まれるときとおんなじだな、ルールも約束も期日も何もなく誰にとってもやはり死は唐突なものだ。
1年、2年、半年、2週間、3日と余命を区切られたとしても、どこから区切ろうがどこに終わりがあろうが、結局は死は唐突なものなのだ。分かり切っていても唐突なのだ、予定などないし、本当のところは誰にも分からないのだ。


==この記事はここでいったん終わり。あとは私の個人的グダグダ。===


死はいろんなものを照らし出すよね。

私は大昔(幼年時代)に死に直面したことがあり、あの「なんちゃって臨死体験」はその先長期間にわたり私の人生において「人はどうせ死んじゃう」という虚無な思想を与えました。
そういう私にまるで天は罰を与えるかのように、一番かわいがってくれていたおばあちゃんが60歳の若さで亡くなるということを皮切りに、親友は突然植物人間に(その2年後に意識戻らないまま死去)頼っていたお姉さんは『脇がグリグリするのよ~』と電話で話していた2週後に肺がんリンパ転移で死去、幼馴染は7度手術したけど脳腫瘍が取り切れず死去と、身近な人を奪っていきました。
そしてついにOBまで見送る羽目になり「まさか選手の葬式を出す側になるとは」とあまりのことに涙も出なかった。

死は本当にいろんなものを照らし出します。

何でもない日々の、日常の会話や風景の中にどれほどの幸せな時間が詰まっていたのか
ただ顔を見てニコっとして、じゃあねと別れて次にまた会う それだけのことの中にどれほどの安心や信頼が存在していたのか
ゴロゴロしながら一緒にマンガを読んだり、酔っ払ってどっちかが吐いちゃったり(汚ない!!)「海外いくで旅行バッグ貸して!」と借りっぱなしだったり、「あの店つぶれたらしいよ」「マジ」という会話、やがて静かに深く、「死んだらこの箱の中のものは全部焼いて」という言葉を聞こえないふりして後で泣いたり

ああそれでも 自分たちは幸せだったなあと思う
例えそれが突然の死であろうと、迫りくる死におびえながらの日々であろうと、予め言い渡された死を一緒に戦った時間であろうと、
共に過ごした時間の尊さには変わりない
あの時間の輝きは少しも失われることは無い
と私は思う

でもたまあに もう一度会いたいなーと思う瞬間がありますね。
もう一度会ってどうするって思うけど、どうするんだろうね、なんで死んだ!と責めちゃいそうな気もする
これからどんどん、今まで以上にますます、多くの人と別れていくのだろうな
神様は最初に逝くはずだった私を、残される側にして私の中の間違いを正しているかのようだ。
ほんとむかつく、そういう懲罰的やり方では人は成長しないっちゅうに ただ恨みを買い不信感を育てるだけだってば。
その例が私 もう神も仏もいないんじゃないか とすら思いはじめている。