例えば身代金を払い、人質の解放を得たとしよう。その瞬間から日本人は世界各国はおろか日本国内ですら安全に住み暮らすことが難しくなる。

捕まえて身代金を要求すればよい。
武器を持たない一般市民なら、簡単に捕まえることが出来るだろう。
そんな一般市民が年間数百万人も世界中を旅しているのが日本という国である。


たった72時間で200億円を用意できるであろう国として、また、物事の解決方法に武力という手段を選ばない世界で唯一の国として、恐らく、日本は選ばれた。


安倍総理が…というのは、何かこじつけのようにも思える。だから、「安倍総理の辞任と引き換えに助命嘆願を!」「場合によっては安倍総理自身が二人の身代わりになるべきだ」という常軌を逸した意見は何の役にも立たないだろう。

仮に二人が本当に殺害されたとして、我が国の政府や要人の誰にも責任は無いだろう、根本的なことを忘れてしまいがちだが、彼らは誘拐犯であり拉致監禁を行っている犯罪者なのだ。
その行動に至った理由がどのようなものか、などはどうでもよい、全く関係がない。
いかなる理由も犯罪を犯す正当性の主張にはなり得ないからだ。

……自分の悪口を言っていたから腹が立って殺しました、悪いのは悪口を言っていた相手の方です。悪口さえ言わなければ殺そうという気持ちにもならなかったはずだ……というのと同じ。

百歩譲って、今回の一件が本当に安倍総理への反発を意思表示したものだとして、一国の総理大臣の行動や主張に対し、気に入らない、主義主張が異なる、という理由でその国の国民を誘拐・拉致監禁することを肯定したりましてや身代金を払って解放を嘆願するなどという行動は、何の問題解決にもならないばかりか、内政干渉も甚だしい。

さて、ここへ来て新たな動きがある。

在日ムスリム団体が「イスラム国は重大な過ちを犯している」「人質の無条件解放を」とフェイスブックで抗議声明を発表、5つの理由を挙げて「日本はイスラム国に宣戦布告しない国」、故にイスラム国の行動は、間違っている、と訴えている。


その5つの理由とは……

1つめは「日本が、パレスチナとイスラエルが紛争をしている際に、パレスチナに対して支援をする等、多くの場面において、相対的に公正な立場」をとってきたこと、

2つめは日本がパレスチナに対する最大の援助国であること。

3つめはイスラム教徒が日本で平穏無事に暮らしていること、

4つめは日本にいるイスラム教徒の宗教活動に政府が干渉しないこと、

5つめは「日本がイスラム国を含めいかなる国に対しても宣戦布告をしない唯一の国」であること。
※この5つ目に関しては「おそらく最も重要な理由」と強調している。

   続いて、「日本人2人の人質を殺すことで、日本人のイスラムに対するイメージ、そして 日本に住んでいるイスラム教徒に、とても大きな影響を与える」と警告、「このような影響に対して、我々は全能のアッラーの前で、イスラム国が責任を負うべきだ」「日本人の人質を殺すことについて、いかなる弁解の余地もなく、正当性もない」と厳しく非難した。


イスラムの犯した犯罪に対してイスラムが非難する。
原因とされているのが日本人(安倍総理)であれば結果となっているのも日本人(2人の被害者)という、もう本当に


頼むからよそでやってもらえませんか?
おたくの国の問題は、おたくの国でどうぞおさめてちょうだい。

と言いたくなるような出来事だ。


それにしても、
いかなる国に対しても宣戦布告しない唯一の国、かー。(苦笑)
他国はこれを言われたら、それだけで「我が国をナメている!」「無力だと侮辱された!」と怒り狂いそうだな(笑)

国家の威信、国としてのアイデンティティ、プライド、その国の国民として共通の認識や最低限一致しているべき思想、日本はどの国でも持っているこれらの要素を見失い、迷走して久しい。

多文化共生、異文化融合、聞こえの良い言葉を並べ立てたところで、所詮は文化が違うのだから無理だろう、と思ってしまう。

スウェーデンではシリア難民を受け入れ続けた結果、都市部は難民という名の移民とスウェーデン人との内戦状態になっているし、フランスではフランス革命以来という国を挙げての保守的行動が国民全体に広まっている。

日本は……
日本では、ヘイトスピーチ規制法という、真逆の法が生まれそうである。(笑)

日本人が日本にいて、なんで常に日本人が、そこまで遠慮しなくてはならないのか、外国人が日本にやってきて、自国語の表記や説明がないことをなぜ差別だと叫び、日本人はなぜそれをハイそうですかごめんなさいと詫びながら、言われるがままに作り直すのか。

いろいろ、思うことはいっぱいありますね。今は変革のときであり、日本もまた真の国際化へ大いなる第一歩を踏み出そうとしているのだろうと思いたい。
日本人だけが気づいていない、日本人だけが知らないことが多すぎるし、それを知らしめるべきメディアや媒体が正常に機能していない時代が長すぎたのだ。

けれど、ようやく山が動くようだ。
政府は海外向けのメディアを新しく作ろうと検討に入った。
これまで海外向けのメディアと言えばNHKの国際放送だけだったのだが、日本にとっての不利益な報道や間違った認識を与える番組の放送が非常に多いことが海外の有識者の中で問題視され、そのような放送を国営放送という位置付けに置いておくのは如何なものか、ということになったのだ。

全く以てその通りであるし、一体何を今更、とも思う。
NHKワールドにおける不可思議な反日的放送は近年ずっと議論の的であったし、海外向けという点において影響力の強さによる国家レベルでのリスクの大きさも指摘され続けていた、というのに。

まあ、何事も遅すぎるということない。今更だろうが何だろうがやらないよりはやった方がよい。

いかにいろいろな意見があろうとも、国営放送が自国の国旗を画面に出すことをためらい、国歌を全編に渡り編集で削除したりするのは、やはり世界中どこの国の目線から見ても「おかしい」ことなのだ。

まだまだ、人質事件は尾を引きそうな気配であるし、今回が片付いてもまた第二、第三の事件が起きるだろう。
根本的な問題解決までには相当の時間を要するだろうし、そのためにはまず日本が強くならなければならない。
武力の強さより、意志の強さ、精神性の強さが望まれる。

人間もそうでしょう、何でも腕力にものを言わせて暴力的に解決する人、正論だけで理論を語る人と比べたら、筋の通った主張やブレない信念に裏打ちされた行動を取る人の方が信頼される。

日本は良い国だけどなんか魂を抜かれたような所がある。

(アメリカは戦後日本に対して「いかに魂を抜くか」に莫大な労力と時間を費やしたが、その成果は絶大であった。)

けれど、魂は抜かれたのではなく実は戦後レジュームという麻酔で眠っていたのかも知れませんね。

最後にひとこと

「自分の国で苦しんでいる人がいるのに他の国の人間を助けようとする人は、 他人によく思われたいだけの偽善者です。」 (マザーテレサ)

うーん、奥が深い。